Jan 17, 2016

2015年までの遺書


福地は何かと生きてきた証なんてものを残したがる方に分類するらしく、それを自分自身でも自覚しています。
レールを敷くという感じの堅苦しさではなく、一つの希望という道を後進に残したいという欲は人一倍強い。
ただ、未だ勉強中の身であり悟りを目指す[菩薩]という位置におります。
そんなまだまだ悟りに程遠い身でありながらいつ死ぬかもわからないので、今日まで生きてきた証というか、生きてみて経験してみて感じたことを文字にしてみようと思います。


ちなみに菩薩と出たので小ネタで「般若心経」について。


観自在菩薩 行深般若波羅蜜多時 照見五蘊皆空 度一切苦厄
舎利子 色不異空 空不異色 色即是空 空即是色 受想行識亦復如是
舎利子・・・・(以下省略)

これは般若心経の本分で、下記が日本語訳です。

 

観音菩薩が、深遠な知恵を完成するための実践をされている時、人間の心身を構成している五つの要素がいずれも本質的なものではないと見極めて、すべての苦しみを取り除かれたのである。
そして舎利子に向かい、次のように述べた。
舎利子よ、形あるものは実体がないことと同じことであり、実体がないからこそ一時的な形あるものとして存在するものである。
したがって、形あるものはそのままで実体なきものであり、実体がないことがそのまま形あるものとなっているのだ。
残りの、心の四つの働きの場合もまったく同じことなのである。
舎利子よ・・・(以下省略)

 


これ日本語訳では、観自在菩薩(観音菩薩)が舎利子(サーリプッタ尊者)に教えてあげたというニュアンスになっておりますが、
この舎利子(サーリプッタ尊者)という人は釈迦の十大弟子であり、なおかつ弟子の中でも、智慧第一と称される人。
簡単に言ってしまえば観音様より智慧がある人に講義をしてる様なもの。

とはいえ重要なことは点ではなく点が置かれたモノの理解です。

・・・・・・菩薩という言葉から少し脱線してしまいましたので本文に移ろうと思います。
遺書となっても良い様にこのシリーズはたまに書かせていただきます。

 

 

 

30数年生きてみてわかったこと。

 

 

【噛みつく事で神が味方につく】


自然界、動物界では時に敵という「試練」にぶち当たります。
その時の選択肢とは大きく分けると『噛みつく』『尻尾をふる』『逃げ去る』となります。

 

 

これは我々人間にも当てはまることですよね。
自分を成長するための事や未来のための事に対してどんな選択肢を選ぶのか?

 

その事に対し『噛みつくのか?』『しっぽを振るのか?』『その場を去るのか?』

 

 

福地は常々自分を幸せにするのには『噛みつく』しか方法はないと思っているのです。

 

 

別に『噛みつく』と言っても喧嘩をするとか争うとかって意味ではなく事に対して【真っ向から向き合い挑めるかどうか?】です。

他の『しっぽを振る』という意味の解釈は【挑んだものの諦める】、

『その場を去る』という意味の解釈は【挑みもせずに諦める】です。

 

こうやってみると『噛みつく』しかないのをしっかりと認識していただけると思います。


                            

 

                               
《あなたは自分自身の未来に対して噛みついていますか?》

 

あなたの人生に対して他の誰かが噛みついてくれますか?
あなたは他の人の人生に介入して噛みつきますか?

 

自分の未来を本当に変えれるのは自分だけなんです。


福地真也であれ、孫正義さんであれ、ザッカーバーグさんであれ、お釈迦様であれやれることはせいぜい「噛みつきなよ!」という言葉をかける事と噛みつく舞台を用意する事しかできないのです。
最後に噛みつくかどうかは自分の選択なのです。

 

 

要はどんなに良い環境にいようと、
どんなに良い人間関係を築いていようとも、
どんなにチャンスを頂いても
【自分自身で嚙みつかなければ自分の人生は変えられない】
というわけなんです!!

 

                                 
これが福地真也が36年生きてきた事の中での【人生を変える】という事へのたった一つの答えです。

 

はっきり言いますと福地真也という人間は多くの人より環境にも恵まれ、多くの人よりチャンスをもらってきたと感じております。

 

決して裕福な家庭ではなかったけれど〔しっかりと感じる親の愛〕、みんな切磋琢磨の状態ながら〔応援してくれる仲間〕、多くの人が羨むような著名人のアシスタントという〔恵まれた環境〕、多くの人が尊敬し憧れる億万長者と一緒にセミナーをやるという〔恵まれたチャンス〕

 

ぶっちゃけて言うとこのどれかが自分自身の人生を変えてくれたかというと【NO】なんです。
人生を変えるための大きな要因ではあれ、決して変えてはくれなかった。。。

 

                              
だからこそ言えるんです。
『あぁ、自分の人生を変えてくれる人ってこの世の誰にもできないんだ、、、、自分しか変えれないんだ』と。
福地真也は36年の人生でそう悟りました。

 

 

そりゃ何度も何度も思いましたよ。
「これで人生上手くいく!!!」ってね。
でも自分から事に対して『嚙みつかなければ何も変わらない』と悟ったんです。

 

 

だからこれを読んでる方に伝えたい。


【自分の人生に嚙みつけ!】と。

 

                                                              
噛みついた福地真也だからこそ言える。
【噛みついた者には絶対に、神が味方につく】から!

 

 

人生・運命に噛みついた者だけが自分自身を幸せにできる。
そして自分だけが自分自身を幸せにできる。

さぁ!自分の人生や運命に【噛みつく(神つく)】のスタイルでいこうじゃないか!!!

 

 

日本人よ、嚙みつけ!!!

 

お読みいただきありがとうございました。
福地真也

狼

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